品川翔英中高の挑戦

「学び続けるLEARNER」を育成する教育 001

2020年4月より、品川翔英中学校高等学校と名称を変えて、共学校となった本校。
本校の特色は、
1 担任制を廃止して「学年担任制度」「メンター制度」の採用
2 定期考査をから単元ごとの「確認テスト」を採用するなど

これからの社会を生きる人材の育成に取り組んでいます。

2020年、2021年度は「学び続けるLEARNER」を育成するための教育実践を展開しました。その経験を踏まえて、2022年度から、公立はこだて未来大学(以下、未来大学)の美馬のゆり先生を招聘して、教員研修や生徒・保護者の講演会を企画します。
その理由は、美馬のゆり先生の多様な経験や提唱されている「自己調整学習」についての知見を、本校の教育活動と組み合わせることで、今まで以上に、新しい教育を推進することができると考えたからです。

美馬 のゆり 先生

学習環境デザイナー/学習科学者
公立はこだて未来大学システム情報科学部 教授
電気通信大学(計算機科学)、ハーバード大学大学院(教育学)、東京大学大学院(認知心理学)で学ぶ。
博士(学術)。公立はこだて未来大学および日本科学未来館の設立計画策定に携わる。

柴田 哲彦 本校校長

品川翔英中学校・高等学校 校長
福岡、東京で私立中高一貫校の開設に携わり、海陽中等教育学校教頭兼事務長を経て現職

美馬のゆり先生と柴田哲彦校長との対談

新型コロナ禍の影響もあり、学校を取り巻く環境が変わりました

柴田哲彦校長【以下(柴田)】
2020年4月に共学化となるのですが、まさに新型コロナの影響を受けてのスタートでした。いろいろと考えることがありました。例えば学校の本質って何でしょうね。緊急事態宣言で学校に登校できない時期に、「学校の存在意義って何だろう」ということを考えるようになりました。

美馬のゆり先生【以下(美馬)】
今回の新型コロナのことでよく分かったと思うのですよね。学校に行けないことで、学校の本質が見えてきました。もう全部リモートでいいじゃないかと言う声も上がってきて、普段からリモートでやっている通信制はある意味普段と変わらないから成功だなんていう人もいましたが、そうじゃない、それだけじゃできないことが見えてきました。たとえば一緒に取り組む仲間がいるとか、そういう人の声が聞こえるとか、それが同一の空間で生活することとか……。

- 柴田
本学園の小野時英理事長も、このオンライン期間に「人って、人の間でしか育たないのではないか」と話されていますが、私も同じ思いです。
やはり、対面での様々なコミュニケーションや対話から、成長するきっかけが生まれると考えています。リモートを活用して学びを止めないことも大事だと思いますが。

- 美馬
ただ、今回よく見ていると、オンデマンド教材を活用して成績が伸びた生徒がいるのを発見できたのは意味があったと思います。

未来大学で、プログラムがよくできず単位を落としてしまった学生がいるのですが、2年目(新型コロナ禍のなかで)オンデマンドになったらよくできるようになりました。その理由を調べてみると、通常の授業のスピードでは追い付いていくことができていなかったのです。それがオンデマンドになり、じっくりと何回も見直すことで、よく理解できるようになったことがわかりました。

学び方を選べるようにしておくということが大事なのです。(表1)。ここで言いたいのは、オンラインか対面かというより、リアルタイム(同期)かオンデマンド(非同期)かを考えた方が、意味があるということです。コロナ前は、リアルタイム・対面の選択肢しかありませんでしたが、新型コロナ禍に入り、オンデマンドの領域も有効に活用することができるということがわかってきました。

形態 個別学習 共同学習
リアルタイム
(同期)
対面 授業 PBL
探究学習
オンライン
(リモート)
授業 オンライン会議
交流授業
オンデマンド
(非同期)
オンライン
(リモート)
学習コンテンツ
学習ポートフォリオ
記録ツール
資料の蓄積や共有

- 柴田
とても参考になります。本校ではスタディサプリを導入していますので、個人が知識を付ける方法としてスタディサプリのオンデマンド教材を活用することができるようにしてあります。自分に合った知識のインプットをしながら、授業の時間ではリアルタイムでしかできない学びや体験を展開していきたいと思います。一斉教授のみが知識の伝達であるという考え方・授業のスタイルは、もはや古い考え方になっています。

学び続けるLEARNERの育成のために、「学ぶ姿勢」をつくる

- 柴田
物事を学んでいくにあたり、やはり「学び方」というのは、ひとつ大切な考え方だと思います。そこで、生徒に対してどのような選択肢を提示することができるでしょうか。

- 美馬
私は、『学習設計マニュアル』*1という書籍で整理をしたのですが、「学習スタイルの発見」をすることが挙げられます。
学習スタイルは、4つのスタイルに分けて考えます。

1. 視覚型学習者:ノートや図表などのように書かれた視覚情報になじむ傾向がある
2. 聴覚型学習者:話しを聞くことが最も なじむ傾向がある
3. 運動感覚型学習者:身体全体を動かすことに最もなじむ傾向がある
4. 触覚型学習者:触覚をうまく使うことで、集中力を高められる傾向がある

私が申し上げたいのは、4つのタイプの中で、自分がどのタイプかを決めるというよりも、自分に合う勉強スタイルを見つけることであり、そのスタイルもひとつではないということです。つまり、それぞれを上手く使い分けられるようになっていくことが大事なことで、言うならば、知識の吸収の仕方を変えることにより、成果は飛躍的に伸びるのです。

私の経験ですが、昔クラスに成績が良かったがノートをあまりとっていなかった人がいたので真似してみたら、全然うまくいかなかったことがありました。私自身がいい成績が取れるときは、ノートや教科書がぱっと頭の中に浮かんでくるので、今思えば私自身は「視覚」が強かったのですね。

でも今学習スタイルの判定を行うと、バランスよくなっています。学習方法も変化するということですね。自分の強みを知って、その強みを伸ばしたり、弱みを補ったりできます。様々な教科があるということは様々な学び方があり、そことしっかり向き合うことで伸ばすことができるのです。

- 柴田
本校の中高一貫部では特に、これから『学習設計マニュアル』をベースにして、生徒が自分をモニタリングし、診断することでトライアンドエラーを繰り返していこうとしています。これを通して新たな自分に気づき自己肯定感を高めるきっかけにしたり、内発的動機づけを高めていけたりできればと思っています。

- 美馬
それは大変良いことです。是非お勧めします。ある地方の公立高校では『学習設計マニュアル』をテキストとして、生徒自身が自分の学び方について考える取り組みを行っています。その取り組みを通して、生徒たちから

・何も考えない学び方をやめたい
・とにかく言われたことを覚えるのが勉強ではなく、自ら考えて理解していきたい
・暗記だけで終わらせてしまう勉強はもったいないし、これからの役に立たない
・学び方を学ぶこと自体を、なるべく早く理解しておけばよかった
 など、多くの感想が寄せられました。

「どう学んでいけばいいか」という視点を提供することで、生徒たち自身が考え、学ぶこととしっかり向き合っています。そうすると、あとは自ずと学び方を工夫し、学習スタイルを拡張していくことができるはずです。

- 柴田
素晴らしい事例ですね。まさに、生徒が自分の意志で走り出すということができていますね。本校でも、『学習設計マニュアル』や、『AIの時代を生きる』*2という書籍を置き、生徒が、自主的に走り出す環境を整えながら、「学び続けるLEARNER」を育成します。

本校ではLEARNER’S TIMEという時間を週6コマ設けており、生徒の認知スキルや非認知スキルを育成するため、生徒へ働きかけをしています。なぜ学ぶのか、どうやって学ぶのか、学んだことをどう生かすのか、周囲の友人たちと共にどうやって課題を解決するか、様々な領域から様々な教材を用いて生徒を刺激し、自立して学ぶ姿勢を育んでいます。

進路を切り拓き、学校生活を充実させるための取り組み

- 柴田
美馬先生の経歴を伺うと、多様な経歴をお持ちです。日本の大学はもちろんのこと、海外の大学、日本科学未来館の副館長、NHKの経営委員など、いろいろなご経験されています。これは常に学び続けているために、実現されたものでしょうか。

- 美馬
学び続けているというよりも、「知りたいことがいっぱいある」という感覚です。人よりも知的好奇心が強いのですね。ビジネススクールで一緒になった人からも、「ほかの能力で劣るとは思わないけど、美馬さんの知的好奇心にはかなわない、知的好奇心は生まれ持ったものなのじゃないか」と言われました。柴田先生は、どうお考えですか?

- 柴田
私は、(知的好奇心は)先天的なものだけでなく後天的なもの、たとえば生育歴というものに大きな影響を受けると思っています。小さい頃の親御さんから子どもへの接し方は大きな点だろうと思っています。先天的に持っている好奇心に、周りの大人の価値観でフタをしてしまうことだってあるでしょう。

- 美馬
私もそれはあると思います。フタをされたまま潰れてしまう子どももいることでしょう。もしかしたら、教師が、一律に同じ接し方をしてしまうと、その傾向は強くなりますね。

- 柴田
私が、固定担任制の代わりに「学年担任制」を採用したいと考えるのは、まさにそのことです。担任である教師が、固定観念をもってしまうと、可能性にフタをしてしまいかねない。だから、多くの大人の目で子どもを見て、その生徒の長所を見出していくことが必要なのです。

もうひとつ、教師が第二の親として子どもたちと接していく中で、知的好奇心を刺激できるような対話をしたりして、フタをガーンと外すような役割をしていけたらいいなと考えています。そういう深いかかわり方をするために「メンター制」を採用しています。
授業においては、ただ検定を取らせるだけの指導になっていないか、授業が消化試合になっていないかなど、校長として、常に教師に語り掛けています。

- 美馬
一人ひとり子どもも違いますからね。集団に対して授業をするとき、どのレベルに合わせるかというのも難しいですし。そういうとき、学び方をいくつか選べるようにしておいて、芽がでるようにできたらいいですね。

- 柴田
本校での学年メンター制は、私がアメリカ東海岸のボーディングスクールを8校ほど見学した際、生徒たちが自分を指導してくれる先生を自分たちで選んでその先生のところに集まっているところを参考にして作成しました。
ただ、生徒たちにまだ本物を見せられていないという気持ちもあります。いわゆる『甘い先生』に服装頭髪が奇抜な生徒が集まっていたりして、アカデミックな部分で引っ張っていけるような勉強を教師自身がしていかなければならないと感じています。
先ほども申し上げましたが、教師があきらめてはいけない。

「どうせできない」を取り除きたい

- 柴田
生徒からも教員からも、「どうせできないよ」という発想を取り除きたいと感じます。先の取り組みにしても、「頭のいい学校だからできたんでしょう」とか。そういうことではないと思うんですよね。

- 美馬
未来大学でもそうでした。
「未来大学だからできたのでしょう」とか「新設の大学だからできたことでしょう」とか言われました。こういうことを考えるとき、ハードウェア、ソフトウェア、マインドウェアの3点が大事だと考えています。ハードウェアというのは建物とか学ぶ空間とかですね。ソフトウェアというのはカリキュラムとか授業とかですね。マインドウェアというのは心の持ちのことで、それがないと変わらないし、それが変わればすべてを変えていけると思います。

- 柴田
その3つが深くかかわってくるのですね。

- 美馬
例えば地方の小さい組織で予算が少ないからあれができないこれができないという発想ではなく、小さいからこそできることや地方だからこそできることを見つけましょうということです。それでも色々言う人には逆に「予算が潤沢にあって、生徒が意欲的にどんどん勉強していく状態なら、あなたは何をするのですか?」と聞いています。

- 柴田
逆転の発想ですね。今、うちに来ている生徒たちの中には、小中学校の時に忸怩たる思いを味わってきた人もいると思うんですよ。私はいつも、爆発力に繋がる導火線が湿っているだけであって、決して能力が低いわけではないと言っているのですが、その導火線をまず乾かすようなかかわり方をしてあげて、マインドウェアを整えてあげたいですね。

私たちが気を付けないといけない「便利な社会」と「不便益」

- 柴田
なんでもかんでもSNSが活用できる時代ですから、「明日はこれ持ってきてください」とか、どんどん配信するんですよ。これって、かなり危険ですよねと最近話しをしています。

- 美馬
制約があるからこそ立ち止まって考え、構造や方略に気づくことができます。何も制約がないと流れて行ってしまうだけになり、場当たり的になってしまいます。一回自分で立ち止まって考えることをしなければSNSでも失言をしたりとか人を傷つけてしまったりということになってきてしまいます。吟味をする、という時間を取ることの大事さを感じます。

- 柴田
これからAIの社会が到来しますが、人同士だからこそ議論をしたりとか考えるきっかけを持ったりということが大事だと感じています。

- 美馬
異質なものと交わることですよね。それこそ大村はま*3のグラスじゃないですが、違うものが見えてくることになると思います。

- 柴田
今の先生方に大村はまといってどれくらい知っていますかね。美馬先生の本の中でも、自分の考えを吟味し、深めていくため、そして新しい社会の在り方を考えていくために、哲学することは役立ちます。

- 美馬
私は特に家庭科と哲学がこれからの世の中を考える上で大事だと思うのですよね。哲学って物の本質は何だろうと考えることで、別に過去の哲学者が何を言っているかというのは哲学史であって“哲学”ではないのですね。「哲学する」というのは、本質を見出したり、共通することを見出したり、なぜかということを考えることだから、これから重要なのはこういうことだと思います。

便利な時代になり、様々な苦労をせずにすむようになった一方、物事を工夫したり、「どうしてこれが必要なのだろう」と考えを及ばせたりする機会が減りました。教育の現場においても、「これってこういうことなんだよ」「この教材をやっていけば伸びるよ」と便利な情報だけ効率よく与える先生が「よい先生」と見られる傾向があるように思います。自分で考えること、工夫することは本質的に自立した学習者になる上で欠かせない考え方であるように思います。

便利が当たり前になった時代だからこそ、一度立ち止まって考えるような教育の在り方を今一度考えていくことが必要だと思います。


1. 鈴木克明、美馬のゆり[2018]『学習設計マニュアル: 「おとな」になるためのインストラクショナルデザイン』北大路書房
2. 美馬のゆり[2021]『AIの時代を生きる: 未来をデザインする創造力と共感力』岩波ジュニア新書
3. 1928年~1980年に活躍した、国語教師・国語教育研究家